勉強勘


「勘の良さ」という言葉には、当てずっぽうの2択で良く当たるような勘の良さとは別に、

センスの良さ

のような意味があります。

そしてそれは勉強においても確実にあります。

例えば今、2年生には不規則動詞の変化60個強の暗記をさせているのですが、このやり方一つにも如実に出ます。

生徒には最初に「書く」という日本語を見せて「ライト、ロウト、リトゥン」と答えさせる、音の暗記をさせてからスペルの練習に入らせています。

これはもちろん音とスペルのつながりを意識させるためのステップですが、イマイチ勘が発達していない生徒は「音は音、スペルはスペル」と別個のものとして扱ってしまいます。

「過ごす」を「スペンド、スペント、スペント」と答えられるのに、書くと「spent,spend,spend」とやっちまうんです。

また、スペル暗記の際、ひたすら書いて覚えようとする生徒もいます。

最初の1回、確認の意味でなら良いと思いますが全てを書くのは中々に効率が悪いです。

勘の良い生徒は単語カードの日本語を見てエアーで書けなかったら実際に書くなどの工夫をしています。

さて、ではこちらから見て効率の悪い学習の仕方をしている生徒にはどうするか、ですが、本人が効率の悪さを自覚するまでは基本的には何もしません(タイムリミットがある場合は話が別です)。

そうした生徒は頑固な場合が多く、本人から「もう少し上手なやり方はありませんか」と聞いてこない限り、こちらからアプローチしても変えようとしないからです。

何事も本人が求めた時が伸びる時です。

勘の良い生徒も、それはそれで問題がある場合があります。

勉強において勘の良さを発達させる要因は

面倒だから

に他なりません。

60個もの単語を何回も書くのは面倒だからもっと効率の良いやり方を探すのです。

計算にかかる時間が長くなるのが嫌だから工夫を考えるのです。

こんな感じで「面倒くさがり」がずっと良い方向に作用していてくれれば良いのですが、たまにこじれてただただ面倒くさがっているだけになってしまう子もいるので注意してみています。

いずれにせよ、スポーツの試合勘と同じでやらずに身につくものではありませんので(ごく稀に生まれつき備わっている子がいますが本当にごく稀)、今日も明日も生徒のお尻を叩いていくのです。


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