「分からない」に対処する。

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「なぜ勉強するのか」という定番の問いに対しては

「将来出くわす答えのない問題に対処する力を養うため」

と答えるようにしている。

まぁ言ったところで生徒達は聞いちゃいないが。

この仕事を始めた15年前にそう定義して、今もなおブレないし、なんなら間違ってないなって思う。

例えば今、自分は塾の開業に向けて準備をしている。

FCに入ったわけでもないから全部自分で考えて決めて動いているのだが、もうほんと「これでいいのか」と分からないことだらけだ。

でも、その際の思考の根っこは紛れもなく大学受験で培ったもの。

仮説を立てること、表現が上手くいかないなら主客をひっくり返すこと。

そして何より

考え続ける知的体力

これを得ていたことが一番大きい。

思考の結果が正解かどうかなんてやってみないと分からないし、そもそも正解じゃなかった‼間違えた‼と思ったとしてもそれを修正し続ければ間違いなんて存在しない。

結果よりも、それを修正して正解を手にするまで考え続ける知的体力。

これこそが受験の最大の副産物じゃないかな。

知的体力というと結構精神論的になってしまうが、思考法としても一つだけ挙げておく。

困難は分割せよ

塾講師デビューしてすぐは中学生の国語の担当になり、その中で出会った「握手」という作品の登場人物であるルロイ先生が言った言葉で以降ずっと大切にしている。

どんな困難でも、どんな高い壁でも、細かく分割して各個撃破していけばいずれは辿り着くもの。

知的体力と「困難は分割せよ」、この組み合わせが自分の中にあれば大抵のことは攻略できる。

受験を通して生徒に自信を与えたいと常々思っているけれど、その「自信」を明文化するとこうなる。

※ちなみにルロイ先生の言葉で、ほかにも「日本人とかカナダ人とかアメリカ人といったようなものがあると信じてはなりません。一人一人の人間がいる、それだけのことです。」というものがある。これも強烈に印象に残っている。今の時代にこそ必要な言葉じゃないだろうか。


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