専門学校で担任を持っていた時の話。
公務員を目指す生徒で構成されたクラスで、Tは女の子ながら消防官を目指していた。
私は彼女が2年生の時に担任となったが1年生の頃からとにかく気が利く子だった。
男女分け隔てなく声をかけ、他の子が面倒臭がることも率先して取り組むような。
私はTの担任をしていた間、ホワイトボードマーカーのインクを自分で換えたことがなかった。
Tとその仲間たちが放課後インクの補充をやってくれ、さらにはホワイトボードの掃除までしてくれていたのだ。
そんな彼女だったので受ける試験は全戦全勝、かねてから志望していた地域の消防へと就職していった。
しかしその過程が全て順風満帆だったかというとそうでもない。
途中で「消防はやめて自衛隊に入隊する」と言い出したことがあった。
当時の彼女は清廉潔白を絵に描いたような人物だったので、それが高じて
迷うことは悪
と考えている節があった。
いったんそっちに舵を切ったなら元の選択肢など眼中に入れてはならない、くらいには思っていたと思う。
唐突な方向転換に困ったご両親が学校に相談にいらしたのも記憶に新しい。
話を伺い、Tはまだ出すべきカードをテーブルに出していない、そしてそのことに自分で気づいていないと感じたので、時間をかけてTと話をしていった。
結果としてTは初心に返る決断を下し、家族仲も良好なご家庭だったので荒れることもなく、無事宿願を果たすに至ったのだった。
そしてTは現在、
「未だに自衛隊に行っとけば良かったって思うことはありますよ。
でも、自衛隊に行ってたとしてもきっと同じこと言ってますよね」
と言って街中で救急車を転がしている。
また、私の誕生日に未だにメッセージをくれる良い子なのである。
進路選択にはご家庭の分だけドラマがある。
端役としてそのドラマに関われることは大きなやりがいなのです。